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岩手県でのボランティア報告

はじめに

3月11日に起きた東日本大震災。
現地では多くの方々や子ども達が辛い経験をしているだろうと思うと、とても胸が痛くなりました。
保育士という立場で私たちに何かできることはないかという思いから、宮本園長先生をはじめ、保育士4名・栄養士1名・保育士の家族(中学生1名・大学生1名)で岩手県下閉伊郡山田町に保育ボランティアに行かせていただきました。

山田町

自然豊かな山田町は、山田湾、船越湾などの天然の良港に恵まれた漁業の町です。
サケ・カキ・ホタテの漁業が盛んに行われているところです。
震災後、小中学校のグラウンドは自衛隊の基地になっていました。
震災後の町の景色は、日常が流された跡がはっきりと残されたままでした。
それぞれの生活、家族、海のもの、山のものも流した津波の勢いがどれほどのものだったのか、想像以上でした。

5月3日(火) 1日目 山田高校 避難所

山梨県から、サッカーボール、絵本、折り紙などを持参し、子ども達と一緒に遊びました。
笑顔で遊びながらも、私達に体をくっつけておんぶや抱っこをして欲しいと言ったり、甘える姿も見られました。
時々、地震や津波の出来事を話す子どももいました。
「地震以来久しぶりに体を動かしたよ!!」と言った子どもの一言がとても印象的でした。

※げんき夢保育園の子どもと職員で“こいのぼり”を作って贈りました。
 山田高校の避難所の入口に飾らせていただきました。

1日目の午後からは避難所となっている織笠保育園で、こいのぼり制作や外遊び、絵本の読み聞かせをしました。
子ども達は目を輝かせて活動し、その姿を見守る大人も皆穏やかに笑っていました。
保育室の出席簿は3月11日の日付のまま止まっていました。

私達、ボランティアはこの織笠保育園で寝泊まりさせていただきました。
避難所のリーダー役はこの保育園の園長先生(川端京子先生)。
保育園は高台にあり、園庭から下を見下ろすと津波で流された街の景色が一面に広がり、被害の大きさが一目瞭然でした。
避難所に暮らしている地元の漁師さんが、津波の時の話を私たちに教えて下さいました。

『津波の避難警告が鳴り、外へ出ると遠くで海が一度引けるのを確認した。
その後、住宅に向かって水柱が立った。
 山より高い水柱がどーんと立って、同じような大きな波が30分ごとに住宅地へ押し寄せた。
 水といっても透明ではなく、大きな黒いかたまりだった。』

5月4日(水) 2日目

  • 1日目に行った山田高校の避難所に再び行かせていただくことになり、「また来るね」と言った子ども達との約束を守ることが出来、2度目のサッカーをしました。
    子ども達と私達大人が混合で2つのチームに分かれて本気のサッカーを楽しみ、一緒に汗を流しました。
    試合が終わるとある女の子が「また会えるといいね。その時はサッカーがもっと上手くなってから会いたいな」と言ってくれました。
  • 山田町八幡町にある御蔵山(山田町立図書館跡地)で復興を願う祭りが開催されるというお話を地元の方から教えていただき、私たちは飛び入り参加で入口の一角のスペースをいただき、こいのぼりの制作コーナーをすることになりました。
    手型など、子どもの思い出の品が流されてしまった方も多く、「今日のこの手形を大事にしようね」と小さなお子さんに優しく話掛けるお母さんの姿もありました。
    短時間でしたが、たくさんの方と触れ合いました。
  • 織笠保育園に戻ると保育園にあるピアノを使って皆んで一緒に歌を歌いました。
    ホールには子ども達や避難されている大勢の方が集まりました。
    ♪むすんでひらいて ♪ふるさと ♪さんぽ ♪我は海の子 など...
    また、♪幸せなら手をたたこう♪では一人一人が鈴、カスタネット、タンバリン、マラカスなど楽器を演奏して盛り上がりました。
    その後は、村松先生の手作りの“あやとり”で一緒に遊んだり話をして交流を深めました。
  • あやとりの話から、船を結ぶロープの話になり、漁師さん達からたくさんの海の話を教えていただきました。
    津波の被害にあっても、海が好き、海は私達の生活の場とおっしゃっていました。

『津波で家や家族や大切なものをたくさん失ったけれど、得たものもある。
 それは人々の優しさとあたたかさ。
 色々な地域の方がこの町のことを心配してくれている。
 人間の優しさを感じているところです。
 地震がこなければ気が付かなかった。』

そうお話をして下さった男性は真剣な表情の中にも優しい笑顔を見せてくれました。

5月5日(木) 3日目

  • お世話になった織笠保育園を去る朝が来ました。
    避難所では7時から毎朝ラジオ体操をしています。
    この日は6時50分頃からある音楽が大きな音で流れ始めました。

♪気付かないうちに助けられてきた 何度も何度も
そしてこれからも 数えきれないやさしさに出会ってきた
懐かしい笑顔が浮かんでは消えていく
誰もがいつも君をみている
今日もどこかで 君のことを思っている
めぐり合って そして愛し合って 許しあって
ぼくらはつながっていくんだ♪

川端先生は「この高台から音楽をかければきっと街中に聞こえると思うから」とおっしゃっていました。

おわりに

数日間の保育ボランティアを経験し、まず感じたことは現地の方々はとても大変な思いをされている中でも、明るさと笑顔と前向きな気持ちを忘れていいないということ。
そしてボランティアの私たちにもとても親切にして下さったように、いつでも自分以外の誰かの気持ちを思いやる、強くて優しい心を持っているということです。
私達も保育士としてより一層子どもの心に寄り添う保育を心がけようと思います。
山梨に帰ってからも、心の中には山田町の皆さんが共にいます。
日本中の子ども達が笑顔で過ごせるようになるまで3月11日の大震災のことを忘れずに自分達に出来る支援を続けていくことが大切だと思いました。

『ふんばろう東日本』という支援プロジェクトを通して山田町にある道の駅やまだに心を込めて応援幕を送りました。
また、ボランティアでお世話になった織笠保育園では今年の7月9日に行われる夏まつり名を“おりかさ げんき 夏祭り”にして下さるそうです。
ボランティアをきっかけで交流ができ、嬉しいです。
この絆を大切にしたいと思います。

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